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義父と母・私と彼

1 名前:たま:2006/3/30 5:1:17.
この話しは私が体験した実際の話しです。
日記を書いた事も無く、手紙も、ほとんど書いた事の無い私が、うまく文章に出来るか解らないけど、読んでいただけたらと思います。

2 名前:たま:2006/3/30 5:5:58.
私ゎ実の父親の顔を知らない。母には私が小さい頃に亡くなったと聞いている。母とA人暮らし。決して裕福とは言えないけど母と過ごす時間は楽しかった。
何より私ゎ母が大好きだった。

3 名前:たま:2006/3/30 5:33:49.
私の為に一生懸命、働く母。毎日、育児と仕事に追われといたはずなのに、私ゎ@人で御飯を食べた事が無い。それは、父親の居ない私への母のこだわりだった。少しでも私と過ごす時間を、少しでも寂しく感じる時間を少なく。そういう母の優しさは幼い私にも十分に感じとれた。私ゎ、母のくれる精一杯の優しさと愛情に包まれて育った。
『大きくなったら、お母さんを助けてあげる。
私が、お母さんを幸せにしてあげる。』
そう学校の作文に書いた事がある。ただ純粋に、そう思い、信じていた。
そして、それは私の目標であり、夢だった。

4 名前:たま:2006/4/1 6:18:18.
日差しが、とても暑く強い夏。私ゎ小学4年生になっていた。夏休みに入り、祖母の家に泊まる日が多くなる。祖母の家ゎ歩いて15分ぐらいの場所に住んでいた。私ゎ小学1年生の夏から、必ず祖母と花屋さんに行き、母の大好きなヒマワリを買う。大好きなお母さんの誕生日。親戚から貰った、お年玉を、この為に貯めておくのが習慣になっていた。花屋さんから直接、家に帰り母の帰りを待つ。祖母の家で一緒に作った不細工なクッキーに添えるメッセージカードを書きながら待っていると鍵が開く音がして私ゎ慌てて、そのカードを隠した。

5 名前:たま:2006/4/1 6:36:44.
『ただいま。おそくなってゴメンね。』いつも通りの母にプレゼントを渡す為、近づくと知らない男の人が立っている。何も解らない私ゎ、ただ顔をじっと見るだけだった。『あいさつしなさい。啓(ケイ)』
(※啓は私の名前デス)
母に言われ挨拶をすますと私ゎ母の背中にくっついた。そんな私の行動を気にせず料理を作る母。私ゎ自然と無口になる。
料理を並べたテーブルに、母と隣り合わせに座る、おじさん。いままで無かった事に戸惑う私に母は、笑顔で『啓。この人は母さんとお付き合いしてる翔(スグル)さん。』と、おじさんの紹介を始めた。

6 名前:たま:2006/4/1 7:33:22.
私ゎ、おじさんの事なんて、どうでも良かった。母と付き合ってると言われてもよく理解出来なかった。
私ゎ足元に置いてあるクッキーの袋を弄りながら適当に母の話しを聞いていた。『お母さん、おじさんに啓のお父さんに、なってもらおうと思ってるんだ。だから啓におじさんと仲良くなってもらいたくて家に来てもらったの。』
その言葉に私ゎ、一瞬、母が何を言っているの解らなかった。その後も母は喋り続けていたけど、何を言っていたのか覚えていない。

7 名前:名無しさん:2006/4/1 19:13:48
読んでるよ、まちゃん続きお願い。

8 名前:名無しさん:2006/4/1 19:14:19
↑た ヌケタ

9 名前:たま:2006/4/1 22:57:37.
どうして?私ゎお母さんが居れば良いのに。お母さんが居れば寂しくないのに、お母さんは違うの?
母に裏切られた気がした。『啓には、お父さんなんて要らない。』泣きながら、おじさんを、母から離そうと力一杯、押してみせた。そんな私を母は止めようとするが私ゎ諦めなかった。何度もAおじさんを叩きながら母から離そうと頑張った。
『好い加減にしなさい。』軽くほっぺたを叩かれて私ゎ、その場にしゃがみ込んで大声で泣き出した。
この人は私から、お母さんを奪う。啓の、お母さんがお母さんじゃなくなる。
母に捨てられる。私ゎ、恐かった。

10 名前:たま:2006/4/1 23:41:14.
名無しさん、ありがとう。頑張って完結させるので、飽きずに、お付き合い宜しくお願いします

11 名前:たま:2006/4/2 15:43:38.
普通だったら、捨てられる。なんて感情は、わいてこないのかもしれない。
私ゎ、その場を逃げ出したかった。でも、戻ってきた時に母は居なくなってるかもしれない。私ゎ、ただ泣く事しか出来なかった。
私ゎ、6歳から、8歳になるまでの2年間、祖父母と暮らしていた。母の住んでる場所も知っていたし、逢いにも行っていた。それでも一緒に暮らす事は無かった。そもそも離れて暮らす原因も母の恋人のせいだった。母は恋人を選び、私を捨てた。それでも、母に会えないわけじゃない。迎えに来てくれる。そう信じて待っていた。やっと夢が叶ったのに。

12 名前:名無しさん:2006/4/2 16:47:41.
母と一緒に暮らし始めて2年。楽しかったのに。
その後、あまりの私の反対に、おじさんは帰っていった。でも、次第に家に来る日が増え、紹介から二日ヶ月後ぐらいには、おじさんは毎日の様に家に来ては泊まり込むようになっていった。少しずつ増えていく、おじさんの荷物は、母と私の思い出を壊していくように感じた。それから4ヵ月ぐらいしてからだろうか。母は、私や祖父母の反対を押し切り、半ば強引に入籍をすました。そして、私ゎ5年生になった。

13 名前:たま:2006/4/2 19:38:48.
クラス替えが済み、新しいクラスにも慣れ始めた頃に私たちは、おじさんの家に引っ越した。慣れない家、変わった苗字。全部が嫌だった。唯一、良かったのは学校が変わらなかった事、自分の部屋があることだった。
新しい家に変わってから、母ゎ私の事を気にかけなくなっていった。少しずつ、私ゎ@人で御飯を食べる日が増えていった。

14 名前:名無しさん:2006/4/3 8:23:30

15 名前:たま:2006/4/4 4:6:37.
母の強い希望で、形だけの感情も何も無い『お父さん』という言葉を口に出す事に慣れ始めた頃、母ゎ夜、働きに出るようになった。何の仕事をしているのか知らなかったが、夜になると当然、儀父とA人になる。私にゎ、それが苦痛で仕方なかった。私ゎ、学校が終わると、そのまま祖父母の家に行き、夕食を済ませてから家に帰る。そんな日が続いた。家でゎ、儀父と顔を会わさない様に部屋に閉じこもった。

16 名前:たま:2006/4/4 4:34:30.
そんな生活が当たり前の様に過ぎ、私ゎ6年生になった。
学校では性教育が始まり、私ゎ、セックスに興味を持ち始めた。その頃から異性を意識し私ゎ始めて恋をした。同じクラスで、決してカッコイイ顔では無かったけど、彼の優しい性格が好きだった。遊びに行くメンバーの中には彼も居た。そして私ゎ、少しでも彼に好かれたくて服装や髪形に気を配るようになった。
夏が近付くにつれ付き合いを始める友達も少なく無かった。どんどん友達が彼氏が作る中、私ゎ彼に手紙を書いた。
『一度、A人で遊びに行きたい。良かったら返事を下さい。』

17 名前:たま:2006/4/6 2:30:39.
手紙を渡した次の日、私ゎ彼に呼ばれ屋上のドアの前へ行った。
彼とA人、他愛もない話しをして笑ってると彼が急に真面目な顔をした。そして『あんな、どっか行くのは全然、良いんやけど…
もし、遊ぶのが楽しかったら俺と付き合う事、考えてくれへん?』
思ってもなかった言葉に、私ゎ驚いた。
『…ぅん。』
そう答えるのが精一杯だった。
私たちは、A日後の日曜日11時にPRANTA(プランタ)と言う映画館で会う約束をして別れた。

18 名前:名無しさん:2006/4/8 3:54:2
☆☆

19 名前:たま:2006/4/9 5:49:39.
私ゎ嬉しくて、楽しみで授業に集中、出来ないほどに浮かれていた。
土曜日、授業が終わると、すぐに家に帰った。服を引っ張り出して、何を着て行くか鏡の前で何度もA着替えてゎ脱いだ。少しでも彼に可愛く思われたくて、私ゎ服を選ぶのに夢中になっていた。儀父が帰って来た事に気付かないほどに。
スカートを腰にあて鏡を見た時、後ろドアの所に儀父の姿が鏡越しに見えた。
私ゎビックリして振り返り『あっ…、儀父さん、おかえりなさい…』
儀父は返事をせずに、真っ直ぐに部屋に入ってきた。

20 名前:名無しさん:2006/4/9 6:5:33
リアルタイム乙☆

21 名前:名無しさん:2006/4/16 21:55:10
たまちゃん。。
続きは。。。

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